【PART1】PRの昔と今。~地方PRのはじまり~


動画アカデミーでも、以前記事を書かせてもらいましたが、

現在PR動画に力を入れている地方自治体が増えてきています。

 

今や当たり前になっている地方PR合戦!

では、果たしていつから始まったのでしょうか。

また、今後どうなっていくのか・・・

 

2回に分けて「地方PRの昔と今。そして未来。」についてお伝えしていこうと思います。

 

1970年 カラーテレビと日本万博開催

今や、ほとんどの家庭に普及しているカラーテレビですが、その始まりは1957年。

国産初のカラーテレビが発売され、その後1970年代にカレーテレビが

日本全国でおよそ90%にまで普及したといわれてます。

 

そして、なんといってもそのタイミングの1970年3月14日から9月13日までの183日間、

大阪府吹田市の千里丘陵で国際博覧会が開催されましたね!

カラーテレビが普及されたからといって、多くの企業や地方がマーケティング手法として、

テレビを使用出来たわけでは当然ありません。

 

資金力のある大手企業の一部が、テレビCMや日本万博などのイベントで

PRするという時代だったのではないでしょうか。

 

ましてや、今のように交通インフラも整っていないですし、

人口も増加傾向にあった日本では、地方がPR活動をするという意識はもちろん、

必要性はまだなかったように思います。

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1986年‐1991年 バブル期

経済成長率が著しく、全盛期の88年には成長率は6%台だったといいます。

とある資料では、2015年の成長率は1%程度。この時の成長率が高かったことが分かりますね。

 

そして、この頃から、各企業の社会的存在の高まりや、

拡大成長に伴う企業そのもののアイテンティティの確認の必要性などが出てきたため、

CI広告や、IR公告、環境広告など、様々な方法で企業の

ターゲットとなる相手に向けてのPR活動が始まります。

 

この時代、最も多くの企業広告が登場したと言えますが、

この時の地方PRはと言うと、主に「広告・イベント・印刷物」。

しかし、それを精力的に行う地方自治体はそう多くはなく、

この時から力を入れているとすれば、当時ではかなり珍しかったのではないでしょうか。

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新キャッチコピー「鮮度でキレが冴える。洗練されたクリアな味・辛口。」
写真:アサヒビール

 

※CIとはコーポレート・アイデンティティ(Corporate Identity)の略。
主に法人組織のトレードマークやロゴタイプ又は
それらを組み合わせたロゴのこと。

1990-2000年 ITバブル

そして、ITバブル到来!

日本の企業がソフト化、情報化を推進した時期ですね。

また、平成25年度(1990年)は「自治体PR元年」とも呼ばれており、

地方自治体は、この平成25年度よりPR会社を活用し、「メディア」を通じて、

情報を発信することに大きくシフトしていきました。

また、PR視点を取り入れた「シティプロモーション」を

始める自治体もこの年から増加傾向となったのです。

 

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さて、長々と書いてきましたが、このように地方PRは始まりました。

今から25年前に始まった、メディアを通した地方PR。

時代の流れをみていくと、とても興味深いですね。

 

ここに近年の人口減少、少子高齢化時代を迎え、

地方自治体の税収が落ち込むなど、様々な原因が絡んで、

現在のような「地方PR動画合戦」時代へと突入していきます。

 

次回は2000年以降~現在、そして未来(妄想)までを

テーマにしていきますので、お楽しみに~♪

 


【PART1】PRの昔と今。~地方PRのはじまり~

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